ブログトップ

心と、身体と、この世界と…。

kokoroseka.exblog.jp

※当ブログは、個人の記事であり、エキサイトお悩み相談室とは、関係ありません。

若い頃、自分を信じていた時期があった。
それは、『私は、絶対に~しない。』というように、
幾つもの明確な項目を挙げ、
自分の意に反することは、絶対にしない。と、信じていた。

今、思うと、何を根拠に、そこまで強く自分を信じていたの?と、
当時の自分に聞いてみたくなる。
そして、今の私だから、その根拠が分かる。
それは、その項目が「当時の私にとって嫌いな行動」だったということ。

その数年後、『私は、絶対に~しない。』と、
確信していた事の殆どをやっていた自分が居た。
「そんなこと、私がするはず無い。」と、堅く信じていたのに・・・。

信じていただけに、とことん自分を責めた。
そして、後悔した。
できる事なら、時間を戻したい。と、思った。
でも、時間は、戻せない。

他人が自分を裏切ることがあっても、
自分が自分を裏切ることがあるなんて・・・。
自信を失い、進む道が見えなくなった。

それでも、自分を信じたい。
他人も信じたい。
どう信じたら良いのだろう・・・?
数年掛けて『人の信じ方』を考えました。

私にとって、「裏切る。」とは、何だろう?
どうして、「裏切られた。」と、感じるのだろう?

そして、出た答えは、
『裏切りとは、自分が想定していた事が覆されること。
 想定していた事とは、自分の視点で「こうに違いない。」、
 「こうするべきだ!」「普通は、こうするものだ。」と、
 思い込む(信じる)こと。
 相手がそれを意識しているか、否かに関わらず、
 私は、”そう信じる”と思い込むこと。
 でも、人の心は、変化するもの。
 自分が自分を裏切る(変わる)くらいなのだから、
 他人だって、裏切って(変化して)当然。
 でも、それが人間の自然な姿なんじゃないか?
 人の心は、一つじゃ無いし、変化もする。
 そんな自然な人間らしさを誰もが持っている。
 私は、自然な人間を信じれば良い。
 そして、自分や他人に変化が起きたとき、
 ”それが人間さ、変化しても誰も責められない。”
 生き方や進む方向を変えたくなったら、変えて良いんだもん。』

私なりの『人間(他人と自分)の信じ方』を獲得した瞬間でした。
但し、これは、心理的スキルであって、そこに物理的問題があれば、
それなりに対処する必要がある。


麻生 若那

[PR]
# by wakana-2015 | 2018-08-22 08:00 | 心理