カテゴリ:心理( 82 )

傷つかない選択

人は、自分の価値観や既成概念で他人を判断し、
肯定したり、否定したりする。

肯定されれば、嬉しい。
そして、肯定してくれる人へ好意を抱く。
否定されると、悔しくて悲しい。
そして、否定する人を嫌いになったり、苦手と感じたりする。

自分が他人にされているように、
実は、自分も他人にしている。
けれど、若い頃は、自分が傷つくことや他人の言動に焦点が合い、
自分を省みることなど、殆どしなかった。

傷つける人、傷つく自分。
何故、こんな事が起こるのだろう?
考えた結論が最初に書いたように、
人は、自分の価値観や既成概念で他人を判断している。ということ。

世の中の誰もが、それをしている。
勿論、私も。
そこで、私は考えた。
相手に私を傷つける意図がなかったら?
相手が自分の価値観と既成概念を発言しているだけだったら?
そうだとしたら、私が勝手に傷つく捉え方をしているだけになる。
あ!それなら、私が傷つかない選択をすればいいんじゃない?
そうすれば、たとえ、相手が傷つける意図で発言しても私は傷つかなくなる。
それって、凄く楽になれるんじゃない?043.gif

誰もが自分の意見を表現する権利がある。
そして、聞く側が、その意見を不快に思ったら、
否定したり、逃げたりする権利もある。
傷ついて耐えるだけの選択は、もうしなくていい。

そんな事を考えたのは、28歳前後だったと思う。
それからは、カチン!とくる他人の言動には、不快だと表現できるようになった。
不快な人の側に居て、耐えることもしなくなった。
そして、何より楽になったのは、誰の言葉を聞いても、
この人は、そういう価値観や既成概念で判断しているのね。
私と全然違うから、私は、不快になったり、
心がズキンと痛くなったりするんだな。
と、相手と自分の違いを認め、拘らなくなったこと。


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by wakana-2015 | 2017-01-04 08:00 | 心理

疲れるほど、気を遣う…。

過剰に親の顔色を窺って育った人なら理解できるかもしれない。
それは、人間関係で周囲に気を遣い過ぎてしまう癖。
疲弊するほど無意識にやってしまう。

私の父は、DV男で自己中だった。
欲しい物を買ってもらえないと1週間でも1ヶ月でも家族と口を利かない。
そんな時の雰囲気は、最悪。
そんな自己中の父を宥めるのが私の役目。
父の好きな物(車)に関して質問したり、父が歌う声を大げさに褒めたり…。
父は、最初は面倒臭そうに話す。
でも、根気強く話しかけると、父自身の持つ知識を自慢げに話し、機嫌が良くなる。
そして、家族の険悪な雰囲気が消え、普通に戻る。

今、振り返ると、自分の役割を勝手に背負い、父の機嫌を直せた時に達成感を味わっていたように思う。
私にとって、父の機嫌が直る事は、報酬だったのかもしれない。
まるで、パブロフの犬みたいだわね。037.gif

物心付いた時から、こんな事をしているんだもの。
過剰に気を遣う癖は、簡単に修正できない。
けど、大人になれば、価値の有る事と無い事の判別ができる。

ある時から、事ある毎に自分に問うた。
『自分にとって、そこまでやる価値があるの?』と。
無いと判別した時は、嫌われる覚悟で気を遣わないと決める。
気を遣わない事が怖い、だから、そんな覚悟をする。
気を遣わないと良くないことが起こる。
これも、子供の頃からの固定観念
何も起きないのに、悪い想像をする。
子供の頃は、自分が気遣って行動しないと父の機嫌が直らない為、家族が可哀想だった。
でも、大人になったら、そんな気遣いは不要で、其々が自己責任で行動するのが当たり前。
私が過剰に気遣う必要などない。
そうやって、何度も何度も自分に言い聞かせたっけ。

今じゃ、表面的には、気が利かない女になっているけど、気付いても行動しないだけ。
もう、疲れることは、しないんだぁ~。041.gif


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by wakana-2015 | 2016-12-22 09:26 | 心理

プラマイゼロ


自分の人生を折れ線グラフで表すと、
30歳までは、思いっきりマイナスが続く。
でも、30歳以降は、プラスが続いている。

30歳までは、辛い事が多かったけれど、腐らず、諦めず、
ただひたすら、自分の未来開拓の為にと、色々考え、学び、挑んだ。

すると、25歳くらいから、何かが変わり出した。
そして、30歳を契機に、環境や人間関係がガラリと変化。

そんなことを友人に話すと、
『人生は、プラスマイナスゼロなんだね。』と友人が言った。

そうやって自分の人生や他人の人生を見ると、少し、違って見えてきた。

そして、私も思いました。
友人の言う通り、人生は、プラスマイナスゼロなのかもしれないと。




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by wakana-2015 | 2016-12-20 08:00 | 心理

憂鬱な日

私は、誕生日が近づくと憂鬱になります。
何故なら、生まれた事を母に否定されたトラウマがあるから。

私を身籠った時、堕胎したい母の強い希望と反対に、
父から強制的に「産め!」と言われ、仕方なく産んだ。という母。

『お前さえいなければ、DV夫と別れて解放されたのに。』と、
母は、父から逃げられない理由を8歳の私に押しつけました。

私は、自分のせいで母が苦しんでいる、泣いている。と、
生まれたことへの強い罪悪感を抱くようになりました。

今も誕生日が来るたび、憂鬱になります。
けれど、私は、そんな憂鬱な感情を抱える自分を許しています。

親という存在は、子供の一生に影響を与えます。
けれど、親になったとて、完璧な人は、いません。

子供は、ある時を境に、
そこに生まれるしかなかった自分を受け入れるしかないのです。
人其々、自分に合った方法で受け入れられれば良いのでしょう。

私は、未だに生まれたことへの罪悪感を払拭できないけれど、
それを抱える自分を受け入れ、抑圧や強制で自分を変えようと思いません。
あるがままの自分で良い。
それで十分だから。


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by wakana-2015 | 2016-12-19 08:00 | 心理

押付け

完璧な人は、いない。

勿論、私も。


でも、若い頃の私は、『こうあるべき!』という概念が強く、

それを他人に求め、押付け、心の中で批判してばかりいました。

そんなだから、自分の周囲には、魅力ある人など見つかる訳もなく、

自分は、人に恵まれない・・・と思っていました。


でも、ある日、気が付いたんです。

自分は、どうなんだ!?…と。

他人を批判できるほど、自分は、完璧なのかはてなマーク


私が他人に『こうあるべき』という考えを押し付けていたのは、

不快な思いをしたくないからで、自分の心地良さを求めるが余り、

それを他人に押し付け、批判し続けていた。


人間なんて違って当たり前で、

ましてや、自分は、他人をジャッジできるほど完璧じゃない。

なのに、私は、偉そうに批判して、嘆いて、ストレス溜めて・・・。


おい、自分ビックリマークお前は、何様だ!!プンプン

と、自分を叱りました。


それ以降、自分と著しく違う人が居ても、

「人は、それぞれ。色んな人がいるのだから、仕方ない。」

と、捉えるようになり、とっても楽になりました。


あ、でもね。

私も生身の人間。

ムカつくし、怒りが湧くこともあります。

そんな時は・・・、

「私は、相手の~が嫌なんだね。そりゃ、ムカつくわなぁ。」と、

自分の感情を第三者が共感するように受け止めています。

バイオリズムが低迷して、コントロールが困難な時は、

ムカついた感情をあからさまにすることもありますけどね。


麻生若那プロフィール


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by wakana-2015 | 2016-12-14 08:08 | 心理

努力は、裏切らない。

何事も続ける事で結果が出る。
…とは、言うものの、せっかちな私は、結果を急ぐ。

努力しても努力しても状況が良くならないと、
「こんなに頑張っているのに!!何で?!」と、
愚痴と不満を撒き散らし、
「だから、私は、努力をやめる。」と、
結果が出ないことを理由に努力を放棄する。
簡単に言うなら、これは、私のふてくされ、甘え025.gifです。

ある日、こんな私を見かねた女性が言いました。
「良いんじゃないの。自分の人生なんだから。
そうやって放棄すれば良いわよ。
貴女の人生なんだし。私には、関係ない。」

おおっと!
確かに、私の人生だ。
誰かに丸投げできれば、したい所だけど、
できないのが人生というもの。
それじゃ、どうする私?
諦めて、努力を続けるしかないか…。
全て自分の為だもの。

あら?005.gif 諦めるって「放棄」だけじゃなかったのね。
こんな場面でも使えるんだ。面白い003.gif

それからというもの、しつこい性分もあって、
努力を継続できた私。
すると、10年程で結果が少しずつ出てきました。

今なら言えます。
『努力は、裏切らない。』と。


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by wakana-2015 | 2016-12-11 08:00 | 心理

心の治癒力

人には、人の愛が必要。
そして、人は人の愛を欲しがる。
それが分かったのは、28歳前後だった。

それまでは、傷つくことを恐れ、人を避けていた。
けれど、避けても心は満たされない。
この感覚は、一体、何なんだろう…?

自分の心をとことん追求すると、
本当は、人と関わりたいのだと分かった。
そして、人は、人と関わることで救われると思った。

勿論、人と関われば傷つくこともある。
けれど、それが人と関わる唯一の代償という訳じゃない。
時には、傷つくけれど、時には、救われることもある。

私は、傷つくという側面にばかり拘っていた。
それは、傷つくのが怖かったから。
傷つくから怖い=人が怖い。という図式になっていたのね。

でも、人を求める自分も心の底辺に眠っていた事に気付いたら、
人の中に入って行こう。自分の為に勇気を持とうと思た。
必要なのは、傷ついた時に心を治す方法を身につける事。
それが身に着けば、きっと大丈夫。

けれど、それは、実際に傷ついた時に実践するしかない。
だから、最初は、傷つくことを覚悟で人の中に入ることとなる。
それでも良い。人を求める自分を救ってあげたい。
それからは、傷ついたら治す。傷ついたら治す。を繰り返した。
今では、傷は、3日で癒せるようになった。

人には、感情ある故に、傷つくことがある。
その傷を自分で癒す治癒力を持てば、
面倒な人付き合いも楽になる。


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by wakana-2015 | 2016-12-08 08:00 | 心理

何れ、終わる。

何事にも永遠は、無い。
不幸も何れは、終わる。
そして、幸せも永遠ではない。

辛い時は、このまま続くと思わず、
その時々を賢明に生きよう。

幸せな時は、これが永遠に続く訳じゃない。
だから、今を味わって生きよう。

人生は、『現在』という『点』の積み重ねで、永遠じゃない。
そう捉えた時、きっと、未来は、良くなる。と、思えた。


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by wakana-2015 | 2016-12-04 08:00 | 心理

心は、人生に現れる?!

どんなに表面を繕っても、心は、人生に現れてしまう。

嘘で、その場を取り繕っても、自分の嘘で自分が苦しむ。

良い人のふりは、あくまでも「ふり」であって、真実じゃない。

だから、ふりは、何れ自分を苦しめる。

若い頃は、「皆、そんなもんじゃないの?本当に、そうなのかなぁ?」と疑っていた。

でも、50歳を過ぎて、心の有り様は、人生に反映すると実感することが増えた。

心を磨くことは、人生を磨くこと。

心の有り様が行動となり、人生を築く。

故に、心と身体、心と人生は、不二の関係にあるのだと思った。


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by wakana-2015 | 2016-11-30 08:00 | 心理

不妊だからって…。

若い頃の私は、こうなれたら幸せ。というように、具体的な形で、幸せを決めつけていました。


18歳で結婚して、不妊治療を7年続け、

『子供ができたら、どれほど幸せだろう。』と思い、期待していました。

故に、当時の私は、「子供ができない事は不幸。」と思っていたのです。


ある時、3人の子育てに追われる先輩主婦から言われました。

「子供が居ても不幸な人がいる。子供に殺される親も居る。子供が居るから幸せとは、限らない。重要なのは、子供が居なくても幸せと思える自分になれることよ。」と。


それを聞いた同じ不妊に悩む友人が言いました。

「子供がいるから、そう言えるのよ。不妊で悩む人の気持ちが分からないだけよ。」と。


どちらの考えも間違っていない。と、思うんだよね…。

では、私は、どう考えるはてなマーク


それまでの私は、『不妊=不幸』と決めつけていました。

けれど、この先輩の言葉は、私の決めつけに一石を投じたのです。


『不妊』は、私にとって悩みであって、不幸とは言い切れないんじゃないかはてなマーク

でも、今までの私は、不妊の悩みに心が蝕まれていたから、不幸だったかも。

う~ん。。。002.gif


あれはてなマーク005.gif

生活の中で生じる出来事に対し、幸せとか不幸とか

決めつけている私がいるだけのことなんじゃないはてなマーク

ってことは、幸せだの不幸だのと決めないこともできるんじゃないのはてなマーク


不妊で悩む私がいる。

子供が欲しいと願う私がいる。

だから、苦しくても治療を続ける自分がいる。

ただ、それだけのこと。


子供が欲しくて治療しているのに、妊娠しないからって、

不幸と思う必要は、無い。

妊娠するか否かは、結果に過ぎない。

そこに、悲しい、辛いという感情が生じているだけなんだよね。

それらも否定する必要はない。

だって、人間なんだもの。

ロボットみたいに淡々とは、いかないよ。


事実を受け入れ、取り組むだけで良いし、

感情を否定せず、表現して良い。

ただ、自分で自分を不幸だと決めつけない。

それが大事だし、それで良い。と、思いました。


エキサイトお悩み相談室 麻生若那


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by wakana-2015 | 2016-11-26 08:00 | 心理