カテゴリ:心理( 82 )

人は、誰でも嘘をつく。

この世界に、嘘をつかない人なんて、いるんだろうか?

そんな疑問を持つのは、自分が嘘をついたことがあるからだけど…105.png

若い頃、自分の気持ちに嘘をついて、やりたくない事をしていた。

頼まれると、断れずに引き受けて、大変な思いをする。

そんな繰り返しをしている内に、自分に嘘をついて生きる事が嫌になった。

自分に正直に生きたい。
嫌なことは、断りたい。
やりたくない事を無理してやりたくない。

悩んだ末に思ったのが「人間には、選択の自由がある。」ということ。

私は、選択の自由を放棄していたんだ。と思った。

勿論、責任をもってやらなければならないこともあるけれど、全てではない。

私達は、公序良俗に違反しない範囲で取捨選択の自由の権利がある。

自分に嘘をつかない生き方がしたい。

その為には、他人に頼まれた事を断ったり、関係を切ったりすることも生じる。

以前は、そんなことをする自分に罪悪感があった。

でも、相手に悪いからと、自分を偽り続けるのは、自分にも相手にも誠実じゃない。と思うようになった。

これからは、自分を偽らないで生きたい。

「自分を偽らない。」という基準ができたら、取捨選択が楽にできるようになり、罪悪感も持たなくなった。

嘘にも色々あるけれど、自分に嘘をつくことが、若い頃は、一番多かった。

今は、自分に正直すぎるかも。111.png


麻生 若那

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by wakana-2015 | 2017-05-23 10:18 | 心理

上手くいかない時もある

自分の思う通りにならないとイライラする私。
それは、他人に向けてでなく、自分に対して。

料理が思った通りの味にならないとか、見た目が想像と違う出来になったとか、
ダイエットしているのに想定通りに減らないとか…。

料理の出来が悪い時、イライラしたり、落ち込んだりしていると、夫が「完璧主義なんだね。」と言いますが、それは、違います。

私は、完璧主義ではなく、想定外の事が起きて、がっかりしているだけのことなんです。
そして、苛々したり、落ち込んだ後は、次は、成功させるぞ!と負けじ魂がメラメラと湧いてくる。

そんな私を周囲は『完璧主義』と言いますが、違うんだな~。
努力家と言ってくれ。125.png

今でも、自分のしていることが思った通りにならないとイラっとします。
若い頃は、その度に自分を責め、劣等感を増幅させていましたが、今は、それをやめました。

イラッとした時は、「人生、そんなこともあるさ。小さな事に目くじら立てるな。」と、自分で自分をなだめて収束させます。
でも、負けじ魂で努力する自分が好きなので、なだめた後は、次は、どうすれば良いか?を考えます。

日々の生活で上手くいかないことがあるのは、当然のこと。
一々立ち止まって、自分を責めるより、次の手を考えた方が得ですものね。


麻生 若那

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by wakana-2015 | 2017-05-14 10:42 | 心理

恋愛上手は…、

表題の続きは・・・。
『恋愛上手は、聞き上手』です。

これは、恋愛に限らず、人間関係、子育て等、殆どに言えること。
人は、人によって満たされ、幸せを感じたり、不幸を感じたりします。
人間関係で傷ついて、人を避けるようになっても、本能は、人を求めます。

感情(恋愛や夫婦、親子等)を伴う人間関係には、その本能が強く現れます。
何故なら、幸せを満たそうと強い欲求が出るから。

若い頃、私は、自分の幸せを満たそうと必死でした。
当時、私にとっての幸せは、『好きな人と一緒に居ること』。
それが優先順位のトップだったから、辛い事にも耐えられた。
けど、男尊女卑的な扱いに気付いてしまって、
耐えることに限界が生じてしまいました。

おっと、話を本題の「恋愛上手は聞き上手」に戻して。
恋愛上手になるには、相手の話を徹底的に聞くこと。
特に大切なのは、否定しないこと。
共感、同感する部分には、肯定的な反応をし、
共感できない部分には、「そうなんだ。」と、
肯定、否定のどちらとも取れない反応をする。

すると、不思議なもので、人は、どんどん話したくなります。
話を聞けば聞くほど、相手が見えてくる。
相手が見えてくれば、自分の性格とすり合せ、
自分と合うか否かが分かってきます。

実は、聞き上手というのは、
相手にとって理解を示す良い人になることじゃないんです。
相手から多くの情報を引き出して、
良い関係を維持できる人か否かを見極めるスキルなんです。
なので、恋愛上手は、自分と合う人を探す能力を持つことでもある訳です。

ただ、先ほど私の経験を書いたように、
人には、優先順位があります。
その優先順位は、経験で変化するので、
後になって、選択を間違えた。ともなりかねない。
だから、感情優先にならず、客観的視点で自分を観察し、
自分を知ることが大切なんですね。

これをもっと早く理解していれば、
あんな苦労はしなかったのになぁ141.png。。。と思うのですが、
それがあったから、今があるとも言えるのよね。105.png


麻生 若那

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by wakana-2015 | 2017-05-07 10:26 | 心理

自分を大切にする

自分の心の奥の声を聴くことが大切なのは、過去の経験で十分に分かっているはず。

なのに、日々の生活に流され、考えないことに慣れ、忘れてしまう。

そんな時、あちゃー!やっちまったぁ!!135.png・・・と気が付く。

分かっていたはずなのに、同じ失敗を繰り返す。

そして、辛い経験をした過去の気持ちに戻り、自分の心の奥の声を聴き始める。

すると、”あの時、違和感を抱いていたのに、その感覚を拾ってあげなかった!!”と、ハッ150.pngとする。

自分の感覚に鈍感になったら、同じ失敗を繰り返す。

これは、自分が得た人生の教訓なのに…。

他人を気遣うように、自分にも気遣ってあげないと、流されてしまうね。

自分を大切にするということは、『自分の感覚を感じ取り、心の奥の声を聴くこと。』

忘れないようにしなくちゃ。112.png


麻生 若那

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by wakana-2015 | 2017-04-26 12:11 | 心理

自分の所為じゃない。

他人の機嫌が悪かったり、
自分と他人の意見が違ったりすると、
自分が悪い、自分が間違っている。と思い込む。

これは、アルコール依存症の親の元で家庭で育った子供(AC)にみられる特徴。

以前の私もそうでした。
何でも直ぐに「自分のせい。」だと思い込む。
そうやって親をなだめ、争いを避けてこないと生きられない環境に居たから。。。

でも、それは理不尽なこと。
自分の所為だと思わなくて良い。
自分が責任を負わなくて良い。
他人の問題まで背負わなくて良い。
『私の所為じゃない。』
そう思い切れるまで時間を要したけれど、
トラウマから解放されて、今では、堂々と言い切れる。

自分と他人のボーダーラインが明確になると、怯えなくなる。
過去の経験は、脳に刻まれ、影響するが、
それを受け止め、修正する行動を続ければ、解放される。


麻生 若那

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by wakana-2015 | 2017-04-12 11:22 | 心理

愛すると壊れる心

最初の恋愛は、16歳の時。
その人とは、15歳で知り合った。
その人と出会った時、”あ!私、この人と結婚する。”と直観した。

その後、付き合う事も無く、1年過ぎた。
16歳の時、相手から交際を申し込まれ、2年の交際の後、18歳で結婚。
その2年の交際は、週に一度は、デートするというアツアツぶり。
喧嘩をしたけど、別れたいと思ったことがない。

18歳で結婚したら、それまでとは違い、独りぼっちの日々。
”とある活動”に忙しい夫は、仕事から帰宅し、夕食を終えると活動へ。
毎晩、午前3時過ぎの帰宅。
酒乱の両親の家から出られたことは、良かったけれど、独りは寂しい。
けれど、寂しいと弱音を言うと「嫌なら出ていけ!」と言われる。

彼の事が好きで仕方ない私は、自己滅却してでも嫌われまいと必死。
自分が悪い、自分が変だと思い込む。
相手にとって良い女になりたいと我慢するも、愛されたいという強い欲求もあった。
相手の言いなりになると、愛されたい欲求が抑圧される。
・・・バランスが崩れて、心が壊れた。
そんな経験をして『私は、人を愛すると壊れる。』と自覚した。

離婚直後、同級生に告白されて同棲し、1年後、結婚した。
”私は彼を好きなわけじゃない。一緒に居て楽なだけ。好きになったら大変なことになる。”
そう自分に言い聞かせ、それを相手にも言った。
『私は、人を愛すると壊れるの。壊れた私を見たら、貴方も私を突き放したくなるよ。』と。
そんな私に、彼は、言いました。
「俺は、そんな人間じゃない。君の前の夫と同じにしないで欲しい。」と。
私は、『人は、信じる対象じゃない。愛は不変じゃないんだから。』と心で呟いた。

最初の結婚で、私は、愛されるために、良い人を演じた。
そうすることによって、愛を得ようとしていた。
でも、再婚して思ったのは、愛されたいなら、素直に愛を求めれば良い。
相手の反応を見れば、私が求める人か否かが分かる。
だって、自分を素直に表現しているのだもの。
けど、素直になって、相手が求める人ではないと分かるのが怖い。
でもね、感情移入が弱ければ、冷静に判断できる。

二度目の結婚の時は、『人は、信じる対象じゃない。愛は不変じゃないんだから。』という諦めがあったことで、冷静に判断できた。
私は、人を好きになると、怖さが先に立って、気持ちに余裕がなくなり、素直になれない。と分かっていたから、諦めるという対策を立てたんです。

再婚して21年。
今は、素直に「夫が大好き162.pngと言える。
人を好きになるのが怖かった過去の私。
愛は不変じゃないけれど、愛情関係を保つことは、できる。
今は、自分が壊れるような愛し方をしない自分がいる。


麻生 若那

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by wakana-2015 | 2017-04-02 08:00 | 心理

傷つきやすさ

同じ言葉を言われても、気にする人と、気にしない人がいる。

私は、些細な言葉に敏感に反応するタイプでした。
冗談が通じない性格というのでしょうか…。
そんな自分が嫌だったし、傷つく度に疲れました。

そこで「何故、傷つきやすいのか?」と考えてみたら、
自意識過剰で自己評価が低いのが原因だと思いました。

自分の世界に囚われて、どんな言葉もネガティブに受け取る。
言葉をナイフに変えていたのは、私。

それ、もうやめようよ。
言葉の意味を勝手に想像して、自分を傷つけるのは、やめよう。
言葉は、考えを表現するツール。くらいの感覚で聞き流せば良い。

相手が放った言葉の意味は、放った本人しか分からない。
例えば、「短いスピーチ」と聞いて、10分と思う人もいれば、5分と思う人もいる。
互いの感覚に違いがあるのだから、一々傷ついて落ち込むのは、時間の無駄。

聞き流す訓練をして、もっと楽になろう。

そう決めて、傷つく度に、先ずは、傷ついた自分の受け止め方を客観視。

そして、次に、『相手の思考世界と自分の思考世界は違う。相手は、思ったことを表現しているだけ。自分にとって不要な事は、考えない。追究しない。』と自分に言い聞かせる。

これを繰り返していく内に、傷つきやすかった傾向がガラリと変わり、周囲に鈍感と言われるほど、聞き流せるようになりました。

脳は、不思議です。


麻生 若那

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by wakana-2015 | 2017-03-22 08:00 | 心理

何もしたくない病(^^)

年に数回、何にもしたくないことがあります。
人と会ったり、話したり、掃除したり、洗濯したり…。
私は、それを「何もしたくない病」と言っています。006.gif

皆さんもそんなこと、ありませんか?045.gif046.gif

以前は、そんな自分を責めて、無理やり動いていましたが、
今は、したくない気持ちのままに行動します。

だって、人間ですもの、そんな時もありますよ。
ホルモンバランスとか、自律神経とか、脳内物質とか…。
人の行動に影響する体内変化があるのだもの。
気分が変化するのは、当たり前。
そんな時は、無理しない、無理しない。

という訳で、何もしない病の時の私の家は、
ホコリが積もりっぱなしです。023.gif


麻生 若那

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by wakana-2015 | 2017-03-19 08:00 | 心理

自己愛の強い親

『子供を愛さない親は、いないよ。』

両親の話をすると、決まって言われた言葉。
その言葉を聞く度、「この人は、私が経験している修羅場を理解出来ない。」と思った。

自己愛が強い親は、子供より自分が優先。
子供を愛する以前に、子供から愛を得ようとする。
故に、子供は「親の親役」を負わされる。

人生経験の浅い子供は、「親を喜ばせよう。」と、必死に考え、
『親にとって、良い子』になる。
聞き分けの良い子、親に素直な子、親に頼らず自分で何でもする子、e.t.c.

親の機嫌が良ければ、愛され、可愛がってもらえる。
だから、親の機嫌を損ねぬよう振る舞う。
いつしか、親からの愛は、自分の振る舞いへの対価となる。

そして、子供は、大人になり、親を一人の人間として見るようになる。
「こいつら、これでも親か?!」…そんな言葉が頭をよぎる。
同時に、『育ててもらった親に、そんな事を思っていいのか?!』と自分を責める。

育ててもらった子供として…。という道徳観。
愛されたい。という親への愛情欲求。
人として…。という、一般倫理観。
それらが交差して、頭の中が乱れる。

ん?ちょっと待てよ。
全部をまとめて考えるから乱れるんじゃないの?
一つ、一つ、切り離してみたら、どうだろう。
ごっちゃにするから、どうしていいか分からなくなるんだ。

頭の中を整理したら、乱れが治まり、
親と自分の関係を冷静に考えられるようになった。

何歳になっても、私の中には「親に愛されたい子供の自分」が居る。
それを認め、「親に愛されたい子供の自分」の声を聴き、
私が私の母となり、子供の自分に愛情込めて応える内に、
不完全燃焼だった愛情欲求が昇華されていく。
そして、生物学的な親は、愛情対象ではなく「人としての彼ら」となった。


麻生 若那

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by wakana-2015 | 2017-03-12 08:00 | 心理

もう、怯えなくていい。。。

両親のようになりたくない。
両親のようになるのが怖い。

いつからか、そんな不安が私の中で生まれ、
常に努力をすることを強制する自分が生まれました。

”努力をしないと、崖から転がり落ちるように、
自分がダメになる。両親のように…。

けれど、不安を抱え、怯えながら努力を続けると、疲れてしまいます。

40歳になった頃、頑張り続けること、努力し続けることに疲れ、
毎晩、入浴時に、正岡子規の言葉や孔子の言葉を頭の中で繰り返しては、
「40歳にもなって、何もできていない。」と、自分を責めました。

臆病な努力を続けてきた自分が何も残せる訳が無い。
そんな思い込みがあったのです。
数か月、自分を責め続けた後、ふと、視点が変わった時がありました。

自分は、何もしていないと責めているけれど、
22歳から決意したことは、やり遂げた。
そして、やり遂げた事で自分の生活を変えた。
自分は、ちゃんと結果を残しているじゃないか。
自分を否定し、感情的に自分を責めるのではなく、
積み重ねた事実と、変化した現実を見てあげなくちゃ。

例え、怯えながらでも努力を続けた事実と、
その成果として、やりたかった仕事に就いている現実。
ただ、私は、怯えながら努力することに疲れ、
もう、こんなの嫌だ!と強く感じているだけだったのです。

追われるように努力したり、
怖いという理由で頑張る事に強い違和感を抱いただけ。

そこに気付いたことで、気楽な努力ができるようになれました。
もう、怯えなくて良い。
両親の呪縛から解放された瞬間でした。


麻生 若那

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by wakana-2015 | 2017-03-05 08:00 | 心理