カテゴリ:心理( 82 )

相手目線を手に入れる。


先日もアップしたブログと関連するものですが・・・。

生活の中には、想像力が必要だと実感する。
行間を読む。。。というようなものでしょうか。

社会の出来事や他人の行動や言動には、背景がある。
自分に見えたり、聞こえたりする事は、ホンの一部。

その一部を「なぜ、そうなったか?」と想像するけれど、
その『想像』は、私の経験値からしかできず、
それを超えることもできない。
それを踏まえて、想像するしかない。

だから、何事も、
『~かもしれない。』というスタンスで、
決めつけないようにしている。
何故なら、決めつけは、思い込みとなり、
間違った結論や行動へとつながるから。

『~かもしれない。』というのは、
中途半端でスッキリしない。
若いときは、それが苦手でした。
答えが無いと不安でね・・・。
けれど、決めつけたことで大失敗した経験が、
中途半端の必要性を教えてくれました。

人には、誰にでも『思考の癖』がある。
だから、決めつけると、癖のドツボにハマってしまう。
『~かもしれない。』と思えば、確認作業へとつながる。
確認すれば、自分の癖で思い込まず、
相手目線を手に入れたり、事実にそった思考ができる。


麻生 若那

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by wakana-2015 | 2017-10-16 10:57 | 心理

幸せになる為に必要なこと


人間関係で悩んだり、辛い経験をする度に、
「どうして、こんな思いをしなくちゃいけないの?!」
と、相手を恨みたくなったし、恨んだこともある。

すると、ある女性が言った。
「その人は、貴方が成長する為にいるのよ。
貴方が精神的に成長すれば、貴方が幸せになる。
グチグチ言い続けたら、幸せは、遠のくだけよ。
貴方が成長すれば、次の段階に進む。
そうなれば、その人は不要になるから、居なくなる。
もしくは、貴方が相手を気にしなくなる。
私達は、そうやって、偶然の出来事や出会いの中で、
必然(理由)を見つけ、問題に取り組んで成長し、
幸せになっていくのよ。
信じられないと思うでしょうけど、信じた人だけが得をする。
騙されたと思って、成長を目指して、取り組んでみなさい。
嘘じゃないと分かるから。」

ま、ダメもとでやってみるのも良いかな。
得をするなら、その方が良いしね。
やらないより、やってみたほうが面白そうだ。

そうやって、取り組み続けて33年。
その女性が言ったことは、
本当だったと感じる経験を何度もした。
その経験が挫けない自分を作ってくれた。

今では、嫌な人が現れたり、辛い経験をしたりする度に、
『新たな成長のチャンス』と、楽しみながら取り組める。
たったひとつのアドバイスが、人生を変えることがある。


麻生 若那

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by wakana-2015 | 2017-10-09 10:10 | 心理

通じない


どんなに、言葉を尽くしても、相手に伝わらないことがある。
理解し合いたいのに、理解し合えないことがある。
2年の恋愛期間を経て、解り合えると思っていたのに、
いざ、結婚したら、食い違うことばかり。

年齢差のせい?
育った環境のせい?
宗教観の違いのせい?
共通概念が少ないせい?
・・・???

そして、相手に言われた言葉は、「お前が、おかしいからだ。」
人格を否定された感じ・・・。

二人の価値観が違い過ぎるんだ。
そう思えるようになったのは、その言葉を言われてから、
10年以上経過してからでした。
その間、自分がおかしいんだ。と、本気で思っていました。

人は、自分の基準で判断し、生きている。
基準が強すぎると、相互理解が困難になる。

でも、違いを認めて、建設的に話し合うことができれば、
関係性は、良くなる。

再婚した夫は、自分の考えを押しつけず、違いを認め、
建設的な会話ができる。
勿論、歩み寄れないケースもある。
それが、生活に大きな支障を来すものじゃなければ、
スルーしても問題ない。
人との関わり方が似ていると、
こんなに平和な関係が築けるんだなぁ。
1回目の結婚は、その正反対だったから、苦しかったけど、
人生の良い勉強になりました。

人は、理解し合えないことが多いもの。というスタンスで、
人と関わると、違って当たり前で、分からなくて当たり前だから、
「この人は、そう思うんだ。」という反応になることが多い。
これは、ストレスが軽減されて、非常に楽。
↓これは、そんなヒントが書かれた本です。



麻生 若那

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by wakana-2015 | 2017-10-04 11:54 | 心理

自分の中の『自分』

人は、口には、しないが、頭の中で多くの言葉が自然に湧く。
それは、何かに触れ、何かを感じて、言葉になっている。

感覚は、言葉になる。
けれど、意識できるのは、ホンの少し。
人は、言葉にならない多くのことを感じている。

言葉にならない感覚は、消えるものもあれば、蓄積されるものもある。
そんなことが、毎日欠かさず、私の中で続いている。

蓄積されるものって、何だろう?
自分の中に、言葉にならない感覚があるなら、
その声を聞いてみよう。
25歳の時、そう思って、湯船に入る度に実践していた。
私にとって、お風呂は、リラックスできる最良の場所。

目を閉じて、身体の力を抜き、
ゆっくり、呼吸をしながら、身体の感覚に焦点を合わせる。
それを毎日続けていたら、自分の中に蓄積された「何か」が言葉になった。
「あぁ、そうだったのか。」と、本音に気づく。
そして、自分を無視し続けたことを謝った。

自分の中の『自分』は、常時存在していて、常に何かを訴え続けている。
それに気づいて、表現することは、とても大切。


麻生 若那

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by wakana-2015 | 2017-10-01 12:21 | 心理

分かっているつもりだった。。。

人生は、短い。
物より、時間が大切。
一度だけの人生、自分を大切に。
・・・。

今まで、分かっているつもりだった。
だから、それなりに、行動していたつもりだった。

でも、若い時のそれらと、
今の年齢になってのそれらは、全然違うと分かった。

何事も経験しなければ分からない。
それも分かっているつもりだった。
今までの自分は、分かっているつもりだったんだ。と、分かった。

最近は、年齢と共に身体の変化が出てきて、
初めて老いを感じ、その先への不安が出てきた。

高齢者の皆さんは、これを経験されているのだろうな。
と、思ったとき、自分の無知と傲りを突きつけられた気がした。

こんな言葉がある。
子供叱るな来た道だもの、年寄り笑うな行く道だもの、
来た道、行く道、二人旅、これから通る今日の道、
通り直しできぬ道(作者不詳)

人生は、通り直しできぬ道 なんですよね。
分かっているつもりだったんだなぁ。
きっと、そうやって、”つもり”の連続で、
私は、人生の最後を迎えるのかも・・・119.png

今日と言う日は、常に初体験。
今日の体験と、過去の体験が似ていても同じとは、言えない。

過去から学んで理解したつもりで、経験を活かす事ができても、
過去と同じ方法で解決できるとは、限らない。

過去の経験に胡座をかかず、
分かったつもりにも気をつけなくちゃ。
断捨離する度に、そんな思いに耽る私です。105.png


麻生 若那

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by wakana-2015 | 2017-09-24 15:09 | 心理

なぜ、人は、争うのか?

30年以上前、イラン・イラク戦争の報道を対岸の火事のように見ていた私。

最近は、北朝鮮の報道を見る度、戦争が対岸の火事では無い。と、強く感じるようになった。


「なぜ、人は、殺しあうのか?」

「なぜ、人は、争うのか?」

というテーマは、紀元前から哲学書で頻繁に考察され、論じられている。

それは、「動物の本能」と、結論付ける哲学者もいた。


私は、脳内物質によるもの。と、思っている。

ドーパミン、アドレナリン、等々、

脳の専門家ではないので、詳しくは、分からないけれど…。

脳科学では、研究が進められているようです。


穏やかな性格の人の脳内では、

セロトニンが多く分泌されているのか、


ボランティア活動に喜びを得る性格の人の脳内では、

ノルアドレナリンが多く分泌されているのか、


私には、わからないけれど、

内分泌に於いて、人其々に優性、劣性があるのかもしれない。


だからと言って、人の性格が決められるものじゃない。

人は、変化するのだから。


行動療法で問題行動は改善するという結果が出ている。

それは、脳内分泌の劣性を優生に変える訓練と言えるのかもしれない。

これは、あくまでも「かもしれない。」という仮定の話ですが…。


↓脳に関する本です。簡単&読みやすいのでお薦めです。



麻生 若那

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by wakana-2015 | 2017-09-17 10:08 | 心理

中途半端でも良い。

誰にでも、自分にとっての「完璧」のような『型』がある。
それは、『こうでなければいけない。』とか、
『こうあるべき。』『普通は、こうだ。』等々、
色んな『型』を其々が持っている。

その型に自分を当て嵌め、それができないと、自分を責める。
時には、他人を当て嵌め、他人さえ責める。
特に、最近の日本社会は、それが横行してる気配を感じてしまう。

私にも自分なりの『型』がある。
若い頃は、それが強すぎて、"自分は、ダメ人間”と決めつけていました。
勿論、強すぎる『型』を他人にも向け、苛々することも多かったです105.png
同時に、他人に苛々している自分も嫌で二重三重に自分を責めていました。

でも、ある時、こう思ったんです。
人間は、完成せずに、死んでいくのではないか?…と。
だから、常に中途半端な状態が続くのではないか?…と。

それなら、今のままで良いじゃん。
型に無理やり嵌め込もうとするのは、やめよう。
『型』は、単なる「こうなれたら良いな。なりたいな。」程度の目標で良い。
型に執着して自分を苦しめるエネルギーを持つ私だもの、
それを目標に向かって、コツコツ努力するエネルギーに変えられるはず。

そう考えを変えたら、
自分をダメ人間と責め、悩めるって、素敵なこと。
と、思えるようになった。
だって、悩むから変われるのだもの。
責めたり、悩んだりする心のエネルギーの使い方を変えるだけで良い。
人は、死の瞬間まで完成しないんだもの。
気楽に「なりたい自分になる努力を死ぬまで続ければ良い。」
その方が自分を責めるより遥かに楽だわ。101.png

文章にすると短くて、簡単そうだけど、
切り替えるまでの時間は、相当かかりました。
その甲斐あって、今は、自分と楽に付き合っています。


麻生 若那

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by wakana-2015 | 2017-09-10 10:39 | 心理

嫉妬


人間なら、誰もが経験したかもしれない「嫉妬」。
私も漏れる事なく、経験しました。105.png

友達が子供思いの両親に恵まれていたり、裕福だったり…。
「どうして、私には、これが無いの?134.png
と、思いながら、見ていたっけ。

中でも、強い嫉妬心に駆られたのが、妊婦。
不妊治療で産婦人科に行く度に、
目の前を行き交う妊婦に、強い嫉妬心を抱きました。

私は、何年経っても、妊娠できないのに、
苦労なく妊娠する女性が羨ましく、妬ましかった。
妊婦のいない婦人科で不妊治療が出来たらいいのに。。。
と、妊婦を視界に入れる事を避けたかった。
ここには、書けないほどの暴言を頭の中で呟くことも度々でした。142.png

けれど、そんな自分も嫌だったなぁ。
子供を授かることは、当事者にとって幸せなこと。
他人の幸せを妬むのですから、
そんな自分が卑しく思えて、嫌でした。

そして、どんなにあがいても、自分には、子供ができないと分かった時、
子供が欲しい。と、思うのをやめました。
だって、仕方ないものね、現代医学で治療できないんだから。

それからは、妊婦や子供を持つ女性への強い嫉妬心は、無くなりました。
でもね、同年代の友達に孫ができると、
良いなぁ、楽しそうだなぁ。とは、思いますよ。
けど、それは、嫉妬とは、全く違う感情。
だって、今の私は、子供も孫も欲しいと思わないから。
居たら、楽しそうだな。くらいの感覚。

実際、面倒くさがりな私に、子育ては、無理。
孫の面倒をみるなんて、もっと無理。
年齢を重ねて、自覚したことは、
こんな自分が親になったら、子供が不憫ということ。

今の私だから言える。
子供が出来なかったのは、偶然じゃなく、
自分に合った人生を与えられただけのこと。


麻生 若那

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by wakana-2015 | 2017-08-27 11:26 | 心理

自分以上にも、自分以下にもなれず、私は、私。


どんなに「ああなりたい。」、
「こうなりたい。」と、思っても、
なれない現実がある。

「こうだったら、良かったのに。」
「ああだったら、良かったのに。」と、思っても、
変えられない事実がある。

若い頃は、そうやって、
どうにもらなない事に悩んで、
多くの時間を費やした。

得られないこと、得られなかったことを数えて、
悲しい気分になるよりは、
『こうなろう!』と決めて努力した方が良い。
誰かに頼ろうとせず、自分一人の力で立ち、進む。
自分を活かせる自分になろう。
そう、心を決めのが、27歳の夏でした。

何が起きても対応できるよう、貯金をし、
何があっても決めたことは、最後まで遣り通す。
いつか、自分の目の前に分かれ道が現れた時、
どの道でも選べるよう、準備をしておこう。

若い時は、ない物ねだりの悩みばかりだった。
そんな自分に足りなかったのは、事実を受け止める強さと、
現実に沿った考えと行動。
今の自分以上にもなれなければ、自分以下にもなれない。
でも、現実にそって、着実な計画を立て、
努力と行動を惜しまなければ、未来は、変えられる。

そう決めて26年経過した今、
努力は、裏切らない事を知りました。


麻生 若那

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by wakana-2015 | 2017-08-20 13:58 | 心理

独りになるのが怖かった

諍いの絶えない家庭の中で、
家族の纏め役を勝手に背負った子供の頃。
それは、母が蒸発するまで続いた。

その為か、一人になるのが凄く、凄く、怖かった。
何故なら、私の中に強い『共依存』があったから。

その事に気付かず、必死に″良い子”を努め、
感情に流されず、周囲を観察し、
自分が何をすべきか?を考えて行動していた。
そうしなければ、家族を失うと思っていたから。

その傾向は、最初の結婚でも続いていて、
感情を抑えながら、過ごしていた。
でも、どうしても自分を理解して欲しくて、
気持ちを訴えることも多々あった。
けれど、その度に、
「それは、わがままだ!嫌なら出ていけ!!」と、
何度も怒鳴られ、一人になるのが怖くて、我慢した。

我慢には、限度がある。
でも、一人になるのが怖い、怖くて仕方ない。

そんな自分の恐怖の根源が、
『自分の存在価値を相手に委ねる。』ことにあると分かった。
私の中の『共依存』を自分で改善しなければ、
この恐怖は、続くと理解した時、
心の拠り所を外に求めず、
自分の中に確立しなければならない。
と、やっと気付いた。

もう、誰かに頼ったり、自分の存在価値を誰かに委ねるのは、やめよう。
委ねていたことが苦しみの原因だったのだから。

母の蒸発は、家族への共依存を改善するきっかけになり、
元夫に何度も「出ていけ!」と怒鳴られたことは、
一人で生きる強さを得るきっかけになった。

最後は、元夫に「出ていけ!」と言われ、
「はい、出ていきます。」と冷静に言って出て行った私。
後日、「戻ってくれ。」と泣きつかれても、
「貴方が出ていけ。と、今まで何度も言ったんです。」と、強く言い返した私。
過去の縋りついていた私は、そこに存在していませんでした。

共依存に気付き、改善することで、
一人で生きることが怖くなくなり、心の平和を得られるのですね。


麻生 若那

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by wakana-2015 | 2017-08-13 11:41 | 心理