カテゴリ:心理( 74 )

自分以上にも、自分以下にもなれず、私は、私。


どんなに「ああなりたい。」、
「こうなりたい。」と、思っても、
なれない現実がある。

「こうだったら、良かったのに。」
「ああだったら、良かったのに。」と、思っても、
変えられない事実がある。

若い頃は、そうやって、
どうにもらなない事に悩んで、
多くの時間を費やした。

得られないこと、得られなかったことを数えて、
悲しい気分になるよりは、
『こうなろう!』と決めて努力した方が良い。
誰かに頼ろうとせず、自分一人の力で立ち、進む。
自分を活かせる自分になろう。
そう、心を決めのが、27歳の夏でした。

何が起きても対応できるよう、貯金をし、
何があっても決めたことは、最後まで遣り通す。
いつか、自分の目の前に分かれ道が現れた時、
どの道でも選べるよう、準備をしておこう。

若い時は、ない物ねだりの悩みばかりだった。
そんな自分に足りなかったのは、事実を受け止める強さと、
現実に沿った考えと行動。
今の自分以上にもなれなければ、自分以下にもなれない。
でも、現実にそって、着実な計画を立て、
努力と行動を惜しまなければ、未来は、変えられる。

そう決めて26年経過した今、
努力は、裏切らない事を知りました。


麻生 若那

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by wakana-2015 | 2017-08-20 13:58 | 心理

独りになるのが怖かった

諍いの絶えない家庭の中で、
家族の纏め役を勝手に背負った子供の頃。
それは、母が蒸発するまで続いた。

その為か、一人になるのが凄く、凄く、怖かった。
何故なら、私の中に強い『共依存』があったから。

その事に気付かず、必死に″良い子”を努め、
感情に流されず、周囲を観察し、
自分が何をすべきか?を考えて行動していた。
そうしなければ、家族を失うと思っていたから。

その傾向は、最初の結婚でも続いていて、
感情を抑えながら、過ごしていた。
でも、どうしても自分を理解して欲しくて、
気持ちを訴えることも多々あった。
けれど、その度に、
「それは、わがままだ!嫌なら出ていけ!!」と、
何度も怒鳴られ、一人になるのが怖くて、我慢した。

我慢には、限度がある。
でも、一人になるのが怖い、怖くて仕方ない。

そんな自分の恐怖の根源が、
『自分の存在価値を相手に委ねる。』ことにあると分かった。
私の中の『共依存』を自分で改善しなければ、
この恐怖は、続くと理解した時、
心の拠り所を外に求めず、
自分の中に確立しなければならない。
と、やっと気付いた。

もう、誰かに頼ったり、自分の存在価値を誰かに委ねるのは、やめよう。
委ねていたことが苦しみの原因だったのだから。

母の蒸発は、家族への共依存を改善するきっかけになり、
元夫に何度も「出ていけ!」と怒鳴られたことは、
一人で生きる強さを得るきっかけになった。

最後は、元夫に「出ていけ!」と言われ、
「はい、出ていきます。」と冷静に言って出て行った私。
後日、「戻ってくれ。」と泣きつかれても、
「貴方が出ていけ。と、今まで何度も言ったんです。」と、強く言い返した私。
過去の縋りついていた私は、そこに存在していませんでした。

共依存に気付き、改善することで、
一人で生きることが怖くなくなり、心の平和を得られるのですね。


麻生 若那

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by wakana-2015 | 2017-08-13 11:41 | 心理

心を変えた言葉

人生を変えたい。と、強く思っていた時期がありました。
そして、人生を変えるヒントが欲しいと、
夢中で、哲学書を読んだり、宗教本を読んだり、
伝記や歴史本を読んだり…と、本を読み漁りました。

そんな中で、目の前が一瞬で明るくなった本がありました。
それは、『アインシュタインの150の言葉』

この本は、非常に薄くて文字が少ない。
なので、飽きずに読める本でした。

この本には、心に残る言葉が沢山ありましたが、
中でも、私のお気に入りの言葉は…、

『熱いストーブの上に、1分間手をのせてみて下さい。まるで、1時間くらいにに感じられるでしょう。ところが、可愛い女の子と一緒に1時間座っていても、1分間くらいにしか感じられない。それが相対性というものです。』

これは、相対性理論を簡単に説明した言葉ですが、
私は、これを読んだ時、人間なんて、こんなもんなのね。
対象物によって、感じ方が変わり、
時には、喜びを覚え、時には、嫌悪感を覚えたりと、
対象物と自分の感情に動かされ続けているんだわ。
と、自分という人間の『一部を理解した言葉』でした。

自分が対象物を如何に捉えているか?
そして、自分の拘りは何か?等々、
自分を客観視し、それらを理解すれば、不快や嫌悪など、
以前ほど、大きな問題では、なくなりました。

色んな本を読んだ中で、
今の所、この本が、一番、心の残っている本です。


麻生 若那

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by wakana-2015 | 2017-08-06 10:36 | 心理

人格形成

生育環境は、人格を形成する上で、非常に重要。
人間の脳の発育は、胎児の時点で影響を受けているというからね。

脳科学や医学の書物を読む度に目にするのが、
現代の「人格障害の多さ」に関連する文言。

それは、現代だけに言えることなのか?
医学や科学が発達したからこそ、
目立つようになっただけではないか?
…と、疑問を抱いてしまう。。。

とは言え、確かに、人格障害とは言えずとも、
人格形成不全と思われる人口数は、増えている様子。
原因は、色々あるけれど、
それにより、生き辛さを抱えている人が多いようです。

親が過干渉だった。とか、
親の顔色を窺って怯える日々だった。とか、
親が頼りなくて、子供が親の面倒を見なければならなかった。とか…。
幼少期に、安全・安心・信頼等を感じられる環境にない場合、
人格形成に影響が出てくる。

その影響は、様々だけど、
特に多いのが、自分と他人の境界線を明確に引けない事。
それが人格形成不全の特徴の一つでもあります。

私も20代後半まで、境界線が曖昧でした。
でも、自分には、色んな権利があり、
それを自分が護らなければ、誰も私を守ってくれない。と、
強く自覚した時に、曖昧さが無くなり、
「私は、私。貴方は、貴方。」という明確な線が出来ました。

すると、人間関係の煩わしさを強く感じなくなりました。
それぞれの世界に足を踏み入れ過ぎるから面倒になる。
自分は自分のままで良い。
他人も他人のままで良い。

そうやって、自他の境界線を引いたら、
第三者の感情に左右されない精神生活が出来るようになり、
心底、楽になれるのだ。と、実感しました。


麻生 若那

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by wakana-2015 | 2017-07-23 12:49 | 心理

一家離散

「一家離散」
まさに、私の育った家庭が、離散家族。

父に暴力を受けて悲鳴を上げる母。
そんな光景が物心ついた時から、毎晩のように続いた。

兄が小学5年生だった頃の事。
兄は、そんな光景を見て、
「俺は、この家から出ていく。」と言っていた。
そして、兄は、中学卒業して直ぐに家を出た。
兄は、いち早く、家から逃げた。

その数年後、母が癌を患い、手術をしたことで、
父は、反省し、お酒と煙草をやめ、母への暴力が治まった。
…が、今度は、母が毎晩のように飲み歩き、
朝帰りや、帰宅しない、という自堕落な生活になった。
恐らく、父への仕返しだったのだろう。

そんな母に怒りをぶつけられない父のストレスは、
姉への虐待に変わり、
目つきが悪いと平手打ちしたり、
帰りが遅いと竹刀がボロボロになるまで叩いたり…。
結局、姉も家から(父から)逃げた。

家に残ったのは、酒に溺れる自堕落な母と、
母の変化で自分を責める父。
そして、私が2人の間に入ってバランスを取る役になっていた。

母の中には、過去に受けた父からの暴力で、
殺意が芽生えていたようで、
それが、何かの拍子で現れ、
時には、刃傷沙汰になりそうなこともあった。
父に刃物を向ける母の前に立ち、
父を殺したいなら、私を殺してから父を殺せ!
私は、殺人犯の子供と言われて生きられるほど強くない!!
と、何度、怒鳴ったことか…。

そして、母が若い男性と蒸発し、父が独りになった。
すると、父は、「俺なんか、どうなってもいい。」と言って、
また飲酒を始めた。

どんなに悲惨な家族でも、
私にとっては、貴重な存在だった。
でも、飲酒=暴力の父しか見たことが無い私は、
その姿は、恐怖でしかなかった。
だから、私は、自分を守る為に父から離れた。

一家離散は、ネガティブな言葉に聞こえるけれど、
離れることで平穏を得ることもある。

一家和楽が幸福の象徴のように言われ、
私も若い頃は、そう信じていた。
でも、この世界は、何が良くて、何が悪いと、
決められないものなのですね。


麻生 若那

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by wakana-2015 | 2017-07-09 13:58 | 心理

若い頃

中学卒業して会社員になった私。
16歳で婚約。
18歳で結婚。

当時の私は、周囲から『耳年増』と、言われていました。
理由は、理屈っぽいから…105.png

私に言わせれば、
確固たる信念と人生哲学があっただけなんですけどね。
でも、50歳を過ぎて、当時の自分を振り返ると、
『耳年増』。。。否めません。119.png

けれど、私は、それ(耳年増)で、良いと思うのです。
若い頃は、経験がないのだもの。
年配者から見れば、『耳年増』なのも当然です。

人は、信念や哲学を持ち、経験を積むことで、
新たな信念と哲学を生みだし、成長する。

そんな未来思考で、私を見てくれた年配者は、一人だけでした。
それ以外は、せせら笑う人ばかり…。

16歳で婚約して18歳で結婚。
周囲からは、どうせ直ぐに別れるさ。と、言われ、
通信制高校から大学に進学した時、面と向かって、
今更勉強してどうすんの?どうせ続かないよ。と言われ、
30歳で離婚した時は、
ちょっと知恵がついたくらいで、いい気になって。どうせ後悔するさと、言われ…。

人と少し違うのは、ダメなの?
自分なりに真剣に生きているのに…。
何故、人は、他人の不幸や失敗を望み、期待するのか…。
私自身、そんな感情が皆無とは言えないので、
人を責められませんけどね…119.png

とは言え、そんな経験をしたからこそ、
自分なりの信念や哲学を持つ若い人を否定せず、
そして、笑わず、成長を見守りたいという思いが強いです。
だって、人は、死ぬまで変化するものだから。


麻生 若那

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by wakana-2015 | 2017-07-02 10:33 | 心理

恨みが感謝に変わる?!

30歳で離婚してから23年が過ぎました。
離婚したての頃は、相手や相手の家族に恨みが募っていて、
気持ちの整理が中々つきませんでした。

過去の辛い事、嫌な事を思い出しては、
こんなことされた、あんなこと言われた。等と、不満タラタラ136.png
再婚した夫からは、「人を呪わば、穴二つ。だよ。」と、
度々諭されたものです。105.png
その度に、「こんな自分が良くない事は、分かっている。
でも、言わずにいられない私の気持ちを理解して欲しい。」
と、訴えていました。
以前のブログにも書いたように、
夫は、経験無いことは分からないが、
相手の気持ちを理解しようとしてくれるし、
一般常識で人をジャッジしない性格。
その性格のお陰で、私は、心を解放できました。

とはいえ、中々恨みが解消できない自分に、
恨みを解消できる日が来るのだろうか…?
という不安もありました。

でも、その不安は、解消されるものなのですね。
ある日、『今の自分があるのは、過去の辛い経験があったからだ。
最初の結婚では、泣いてばかりの日々だったけれど、
寂しさが、高校、大学へと進学する力になった。
離婚後は、負けたくないという思いから、
専門学校、国家資格取得への更なる努力の力になった。
過去の辛い経験から、自分の人生を自分で創る力をもらった。』

今の自分があるのは、全て過去の辛い経験の賜物。
そして、再婚した夫の理解があったから、
仕事をしながら勉強を続けられた。
今は、恨みより、感謝の気持ちが湧いてくるようになりました。

離婚して数年は、このような変化があるとは、想像もできず…。
自分を責めることもありました。

過去の経験は、消えないけれど、
捉え方が変わり、恨みが感謝になることもあるのですね。


麻生 若那

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by wakana-2015 | 2017-06-25 12:15 | 心理

腑に落ちないことがあったら。

前回の記事にも書いたように、人は、個々の世界観を中心に生きています。
勿論、私も。

そして、人によっては、自分の考えに拘り、
受容できない他人の言葉に反応し、
自分が納得できる形で治めようとします。
何故なら、納得=精神の安定 を得るからです。

でも、人は、腑に落ちないと感じても、感じていないかのように通り過ぎ、
無意識に蓄積してしまうことが多いともいいます。

その蓄積された感覚は、ある日、何かをきっかけに意識化され、
不満となって爆発することがあります。
そんな経験ありませんか?
私は、若い頃に何度も経験しました。

当時は、その様な『無意識の蓄積』がある事を知りませんでした。
けれど、ある日、ある人が言いました。
『どんなに些細な事でも話すことが大切よ。
お隣のインコが死んだ。昨日、庭の草刈りをした。
そんな生活の些細な出来事に、人は、反応しているものなの。
下らないと思わず、何でも話しなさいね。』

私は、その言葉に甘えて、何でも話すことにしました。
すると、出るわ、出るわ。。。
自分の中に蓄積された不安や不満、寂しさ、期待、等々。

話すことが、どれほど大切な事かを知りました。
その経験が心理カウンセラーを志す切っ掛けになりました。

こんな話をしても良いのかな…。と、躊躇せず、話してみて下さい。
思ってもみない自分の本音を知る事ができるかもしれません。


麻生 若那

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by wakana-2015 | 2017-06-18 09:26 | 心理

自分の考えを押しつける人

タイトルは、過去の私。
若い頃、これが正しいと信じたら、違う意見を受け入れられなかった。
それだけじゃなく、自分の考えを他人に押しつけることも、しばしばあった。

そんな自分を振返ると、
自分って、嫌な奴だったなぁ~。と、つくづく思います。105.png

けど、前回のブログにも書いたように、
既成概念を疑ったことで、
世の中には、曖昧な事が多いと思ったから。
そして、絶対は、『死』以外は、ないのかも…と思いました。

とは言え、やはる、自分の信念を大切にしたい。
でも、それは、常に可変性があるから、
強く拘らず、物事を判断する時の原点のような形で持つようにしました。
それは、私個人の世界観ですから、他人に押しつけられないことも重々承知。

そんな考え方になると、不思議な事が起こります。
今までは、他人の言葉が押しつけがましく感じ、
何か言われる度に、心がザワザワしていたのが、
ザワつかなくなったんです。
勿論、私自身の基準も他人に押しつけなくなりました。

理由は、他人の言葉を聞いても、
「この人の世界観は、そうなんだ。」
と、捉えるようになったから。

社会には、色んな人がいて、
実際に、自分の考えを押しつける人もいます。
過去の私がそうだったように…。

でも、受ける側の捉え方次第で、それは、押し付けではなく、
単純な「個人の世界観」として受け取れるようになり、
人と関わるのが楽になります。


麻生 若那

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by wakana-2015 | 2017-06-13 22:16 | 心理

既成概念を取り払う

あれは、24歳か25歳の頃のこと。
ある言葉を聞いて、自分が既成概念に染まっていることに気付いた。

そこで、今まで自分が正しいと信じていたことや、
誰かに「これが普通、当たり前なんだよ。」と言われて信じていたこと。
それらを全て疑ってみたら、どうなるだろう?

そんな思い付きから、自分が持っている既成概念に対して、
『本当に、そうなのか?信じていいのか?決めつけていいのか?』
と、考えるようにしてみた。

すると、殆どの答えは、曖昧になることが分かった。
自分は、周囲の言葉や慣習を疑わずに取り入れていただけだったんだ。
…と、思った。

すると、通信高校のクラスメートに久し振りに会った時、
「貴方、高校の時と雰囲気が全然変わったね。」
と、言われ、驚かれた。
その女性は、私を大人しい女性と感じていたらしい…119.png
いやいや、それは大間違い。
中身を知らないだけです。128.png

それまでは、内側の顔、外側の顔を明確に分けていたけれど、
このことをきっかけに、内側の顔を外に出すようになったのです。

こんなことをしたら、嫌われるのではないか。。。
こんなことを言ったら、変だと思われるのではないか…。

そんな不安も自分の思い込みによるもので、
自分を規制して雁字搦めにしてしまう。
と、分かったら、自分にも他人にも大らかになれました。

自分の既成概念や思い込みを疑ってみて、
新たな視点を創り出せたら、
解放されて気が楽になれた体験でした101.png


麻生 若那

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by wakana-2015 | 2017-06-11 11:05 | 心理