絶対と真実

10代の頃、真実や絶対性を求めていた時期があった。

とある宗教が説く「絶対的幸福」を信じようとしたこともある。

自分の生真面目さを信じ、「自分は、非常識なことを絶対にしない。」と思い込んでいたこともあった。

20代半ばになり、色んな出来事が重なり、精神的に追い込まれ、自分は絶対にしないと信じていた行動を取ったことがあった。
そんな行動をしながらも『まさか自分が…』とか『こんなことをしてはいけない。』という強い葛藤があった。
でも、その行動を止められない自分が、そこに居た。

このままでは、いけない。
こんな非常識な行動を取る自分の心と向き合わなければ。と、思い、心の声を丁寧に聴いてみた。

すると、「絶対的幸福を信じようとしているけど、信じられない。」自分が居て、『そんな自分は、ダメ人間。だから、幸せになれないんだ。』と、責めている自分も居た。
そして、改めて『絶対』とは、『真実』とは、何か?と追究しようと思った。

その答えは、この世にある絶対は、死のみで、
この世にある心理的真実は、人によって異なり、自分の体験により得られる。だった。

絶対的幸福を説く宗教を何年経っても信じられないのなら、それが私の経験から得た答えなのだから、潔く別の道を進めば良い。
真実を求めるなら、私自身の日々の経験を大切にすれば良い。
そして、信じていた自分でさえ、自分を裏切り、想定外の行動を取るのだから、自分を含め、人は、良くも悪くも変化するものと捉え、既成概念に囚われないようにしよう。
この時の経験は、心が解放された貴重な体験でした。


麻生 若那

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by wakana-2015 | 2017-02-19 08:00 | 心理
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