最近、絆という言葉を耳にすることが多い。

絆には、親子、家族、夫婦、友情等々、色々ある。

20年以上前、母の公的書類審査がどうのとかで、役所から連絡があった。

私は、即座に、「関係ない。知らない。」と答えた。

何故なら、母は、とっくの昔に夫と子供を捨て、男と蒸発していたから。

今更、何?!

親子の縁を切ったのは、母親の方。

既に、私の中に母の存在は、無い。

だから、どこで、何をしているかなど、知りたくもない。

詳細を知らない他人は、「それでも親なんだから。」と言う。

親なら、好き勝手して、子供を苦しめても、尊敬すべきなのか?

親なら、子供をまともに育てず、産むだけで良いの?

夫婦の色んな事情があったのは、子供ながらに分かっていた。

同じ女として母の苦労を理解できるが、子供の私は、拒否反応を示す。

父がDVで晩酌しては、大暴れ。

母も酒癖が悪く、一度、飲酒に出かけると朝まで帰ってこない。

そんな日々が続いても、子供は、親が大好きなのだ。

「良い子を産んで幸せだ。」と思って欲しかったから、出来る限り良い娘であろうとした。

それが、生きる全てのようになっていたから、母の突然の蒸発に人生の土台が総崩れするほど動揺した。

でも、悩み、苦しみながらも、数十年かけて心を立て直し、一人立って生きる自分を創り出した。

彼らは、生物学的には、私の親かもしれないが、心の絆を持てるほどの関係ではない。

そう、キッパリと言い切れるまで、長い長い時間がかかった。


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by wakana-2015 | 2016-10-03 10:41 | 心理
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